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GESTSという論文誌について

職場のメールアドレスにGESTS(Global Engineering, Science, and Technology Society)という団体の編集者を名乗る人間から怪しげなメールが来るようになって久しい。どうやらお隣の韓国に基盤を置く組織のようだが、このいきさつがいかにも怪しい。きっかけは、2003年に欧州では権威のある音声処理学会が主催する国際会議(ICSLP)で発表したのだが、「その論文を(GESTSの)形式に合わせてくれれば論文として出版させてあげよう」というメールがいきなりやってきたことに発端する。つまり「レビューは勝手にこっちでやってあげたんだけど、掲載に値するのでそのまま載せてあげるよ」と言ってきているのだ。ちなみに、その国際会議で発表した多数の人に同様なメールが届いていたようで、その国際会議の主催者は「その組織とはまったく無関係」という異例の声明を出している。

通常、論文誌(ジャーナル)に掲載される論文(full paper)の査読は、

投稿→査読(複数人数の専門家)→条件付採録→修正して再投稿→再査読→採録
というプロセスを経る。ごく稀に起きるようだが一回目の査読で条件付採録(conditionally accepted)ではなくいきなり採録(accepted)になる場合もある。もちろんデキが悪ければ査読結果によってはリジェクト(reject)される。一方、国際会議(conference)では2回目の査読作業は通常なく、最初の査読作業の後にいきなり採否が決まる。内容もページ数もジャーナルよりはハードルが低く設定されていることが常だ。

こうして無事採録(accept)された原稿は、その後に背景や追加実験結果を載せたりしてジャーナル論文(full paper)に膨らませたりして論文誌に再投稿するというのは実は常套手段だったりする。もちろん、たいていのジャーナルではこの行為を許容しているのだが、当然普通の投稿として扱われ、通常と同じプロセスを経て査読が行われる。ジャーナル側にしてみれば、どこの馬の骨ともわからない論文よりはまずどこかでレビューされてacceptされている信頼度の高いものを、更にレビューして完成度を上げて載せれば質の良い論文が掲載されるというメリットもある。

しかし、この団体は別の国際会議で公開された原稿を頼みもしないのに勝手にレビューした挙句(通常は投稿者がレビューを依頼するものだ)、「いい論文だからそのまま掲載してあげる」というのだ。ちょっと考えてみれば何かおかしいぞと思えるだろう。国際会議の原稿であろうと、査読者(ボランティア)が貴重な時間を割いて選出したものなのに、その結果をろくすっぽ前述のような査読プロセスを経ずに横から来てかっさらっていくなんて、失礼極まりない行為ではないだろうか。それに掲載料も通常の論文誌の相場よりも高い。

なんだかどこかで聞いたような話だと思えるのであれば、あなたは鋭い。ディプロマミル(Diploma Mill)に類する方法ではないか。ディプロマミルとは、米国に多く見られる学位を簡単に発行する非公認の学校法人のことを指し、(少なくとも米国では)そのような機関から学位を取得することは学歴詐称行為として問題視されている。何か似ていませんか?

やはりジャーナルに掲載されるレベルの論文を書くのは容易な作業ではなく、研究者はどれぐらいの数の論文を出版したかで価値が決まるところもある(悲しいかな質は二の次だったりするが、質を判断するのは査読者だという考え方もできる)。たとえハードルの低い論文誌であったとしてもページ番号やISBN番号などがつけば「1本」としてカウントされるので、こういった勧誘は本数を稼ぎたい人にはありがたいのだろう。しかし、これは「ちょっと本数が足りないなというような人の弱みにつけこんだ商売」と言い換えることはできないか。もちろん純粋に良いものを広めたいという正当な想いがあるのかもしれいが、きちんとした査読プロセスを経ないで掲載するのであれば、査読付論文として扱うには問題があるのではないだろうか。

実は、ちょっと検索エンジンで調べると、GESTSが発行するジャーナルに掲載された論文を業績リストに載せている研究者が多く散見される。個々の事情は良くわからないので、実はその方々は通常のジャーナルのような査読プロセスを経て掲載にこぎつけた方々なのかもしれない。つまり、私のこの団体に対する印象は根本的に間違っているということだ。その場合は、潔くお詫びして訂正しようと思う。

いずれにしても、今のところ私自身はその団体の発行するジャーナルに投稿はしないだろう。そして、この団体からのメールは今後はSPAMとして扱おうと思うのだ。

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武蔵野在住の不惑研究者の備忘録。 息子と娘に嫌われないことを目標に日々過しています。

ちなみに登場人物はほとんど匿名ですが、 「御主人様(仮名)」とは私の妻で「愚息(仮名)」は息子のことです。

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