1999.07.28「タマなき者たち」

前回はカウンターテナーのお話でしたが、 今回は、色んな意味でその上を行くカストラートの話題です。

では、カストラートとは何か。

詳しくは関連する書籍(*1)を御覧頂くとよろしいと思いますが、 17世紀から18世紀にかけてオペラ界の一世を風靡した男性ソプラノのことで、 変声期前の少年に去勢手術を行うことによって生み出されて来ました。

そもそも「声変り」とは、 喉仏の位置が下がることによって声帯が長くなり、 結果として振動周期が長くなる、すなわち、声が低くなることなんですが、 去勢手術をすることによってホルモンバランスが狂い、喉仏が下がらなくなるのです。 ただ、医療技術の発達していない当時のことですから、 去勢手術が失敗したり、成功したとしても術後の処置が悪くて死んでしまったり、 挙げ句の果てには去勢しても歌がうまくならなくて手術の意味がなかった、 なんてこともあったようです。

また、ホルモンバランスが狂ってしまうため、 身体が常人より多く成長してしまうことが多く、 当時のオペラの様子を描いた絵を見ると、 カストラートはかなりの大男に描かれています。 ただ、これは逆に有利に働き、大柄になるために肺活量が増え、 女性ソプラノとは比べてブレス(息)を長くとることができ、 声量もとても豊かだったそうです。

ところが、19世紀半ばに去勢手術は禁止になり、システィナ教会のカストラート、 モレスキ氏が1922年に死去してから、カストラートは地上からいなくなりました。 今でこそ、全盛の頃のカストラートの声は復元できませんが、 実は、この最後のカストラートの声を聴くことができます。

その名も"The Last Castrato(*2)"という名前のCDで、 まだレコード録音が発明されて間もない頃、グラモフォンのスタッフが、 バチカンの法王(リオXIII世)の声を録音しようとバチカンに赴いたところ、 高齢を理由に断わられ、しかたがないのでモレスキ氏の声を録音したというものです。 録音は1902から1904年まで複数回行われたようです。

録音の内容ですが、この時点でモレスキ氏も全盛期を過ぎていましたし、 100年近くも前のことでしたから、録音技術も発達していませんでした。 しゃっくり上げるような歌い方は、古い19世紀のテクニックだそうですが、 総合的に見るとあまり感心するような出来栄えではありません。 ただ、パチパチと雑音の間から聴こえるかぼそい声から、 何か凄みみたいのも感じられるのも確かです。

ところが、驚いたことに、最近男性ソプラノがだんだん出てきているようなんです。 もっとも、以前からロシアのSlavaなんかは男性ソプラノとして有名でしたが、 それほど声域が高くないようです。 最近私がテレビで目撃した人の場合は、声変りせずに成人してしまい、 フランスの片田舎で植木職人として生活、 日曜に教会でソプラノを歌っていたのを発見され、 遅ればせながらヴォイストレーニングを始めたという話でした。

更に、最近手に入れた情報では、 日本でも初の男性ソプラノが活躍し始めたという話もあります。 もともとはテノールを勉強していたんだけど、 練習するにつれてどんどん声域が高くなって行ってしまい、 現在ではテノールの声域を出すことができないとかいう話。 しかも、驚くことにソプラノを胸声(*3)で 歌えてしまうんだそうです。全く持って凄い。

私はこの人達にタマタマちゃんがあるかどうかは知りませんが、 あの幻のカストラートに近い声をオペラで聴けるようになる日も、 そう遠くはないのかもしれません。


おことわり

題を見れば分かりますが、
以降、前回にも増して 下品もしくは気持悪い話に突入しますので、
そういうモノを読みたくない方、職場などで読んでいる方などは、
これ以上読み進めないようにお勧め致します。

では、興味がつきないのは(私だけか?)、 如何にしてタマタマちゃんを取ったか、です。

94年のジェラール・コルビオ監督の映画『カストラート』(現題 "Farinelli -Il Castrato-")では、 主役のファリネッリは、幼少の頃、兄の用意した、 何やら薬品の入った去勢ミルク風呂に入れられていました。 入れられているうちに、なにやら血が股間より、 水面ならぬミルク面に浮かび挙がってくるというモノでした。 よくよく考えて見ると、こんな恐ろしい風呂に入っていたら、 タマタマちゃんはおろか、身体まで溶けてなくなっちゃいます。 これは去勢を映像的に綺麗に表現する方法として用いられたのでしょう。

中国の宦官などは、タマタマちゃんだけでなく、その、あの、イチモツの方まで 除去して「去勢」としていたそうですが、当時カストラートは、 女性にモテモテで、オペラ上演後でも、 毎晩のように貴族の夫人の相手などをしていたという話ですから、 イチモツの除去まではやらなかったようです。

現在でも、避妊方法にパイプカットなどという手法があるようですが、 それとも違うようです。パイプカットとは、 タマタマちゃんとイチモツを繋ぐラインを切ってしまうことですが、 カストラートの場合はタマタマちゃんそのものを除去したようです。

ちなみに、声変りした後の男性は喉仏が下がってしまってますので、 変声後の男性のタマタマちゃんを除去しても、声が高くなると言うことなく、 成人男性が男性ソプラノでヒトヤマ当てようとしても無理です。

(*1)関連する書籍
詳細データが手元にないので、判明しだい転記します。
(*2)「最後のカストラート」
"Moreschi - The Last Castrato", Pavilion Records, OPAL CD 9823
(*3)胸声
「頭声」(裏声)の反対語で、地声で歌うことです (間違っていたら修正して下さい)。 「キョウセイ」と読みます。

今日の推薦CD:
"Farinelli -Il Castrato - Bande Originale du Film"
E.Mallas-Godlewska (sop), D.L.Ragin (ct), C.Rousset (dir)
Travelling, K1005, 1994

文中にも出て来た、映画『カストラート』のサントラです。 この映画を作るに当たって、一番の問題は、 この世に存在しないカストラートの声を作ることだったそうです。 4オクターブ程の声域を自在に操り、女性より力強いソプラノを再現するのは 難しいと言うのは私のような素人でも分かります。

この映画では、女性ソプラノとカウンターテナーの声を合成して、 カストラートの声をデッチ上げたようです。つまり、ツギハギ録音です。 そのツナギの個所はユウに5000個所を越えたといいますから、 技術の進歩ってすごいなぁと感心します。

演奏自体は手放しで「素晴らしい」と言えるシロモノではありませんが、 ディジタル技術の結晶として変わった録音を聴いて見たい人には良いかも。 繰り返しの後は、お約束通り装飾を入れていたり、 伴奏は古楽器だし(指揮は、あのルセです)、最低限のところはクリアしています。


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Copyright (C) 1999 Yusuke Hiwasaki